原民喜がいたことで救われる何か

【とほん読書ノート008】

昨年、一番印象に残った本はと考えると、この本だった。よくできた評伝というのはすごい力を持っていて、読み終えるとそれまであまり知らなかった人物が心のなかで生き続けることとなる。私は今後の人生のなかで、原民喜のことを何度も思い返し、共に生きていくことになるだろう。


私はこの本を読むまで原民喜のことをよく知らなかった。自らの被爆体験について短編「夏の花」を書いた作家という知識程度。自殺したことも本書を読んで知った。


幼少期からずっと、原は他人と接するのが極端に苦手で、世間との回路をなかなか持つことができなかった。広島での中学校時代(中略)入学してから四年間、学校で原が声を発するのを聞いた者はひとりもいなかったという。P8


原民喜はコミュニケーション力が圧倒的に低く、そのためかなりのハードモードの人生を歩んでいく。戦中、戦後の厳しい社会情勢。誰もが生きることに苦しむなか、対人能力が皆無で繊細な精神を持った原民喜の日常がどれほど辛かったことか。


心の拠り所だった父や姉の死によって社会との接点を失っていく原民喜は文学を通じて知り合った友人たちの存在によってかろうじて社会と繋がっていく。そして愛する妻という存在が大きな心の支えとなる。だが、愛する妻に先立たれ、憔悴して帰郷した実家で被爆。その体験を小説として世に発表したのち、驚くほど僅かしかなかった所持品を友人や後輩へと残し、原民喜は線路に横たわり自死を選んだ。


死について 死は僕を生長させた
愛について 愛は僕を持続させた
孤独について 孤独は僕を僕にした

(原民喜「鎮魂歌」より)


悲しみに溢れた人生とはいえ、小説や詩に夢中になった充実感もあり、愛する妻と幸せに過ごした時間があり、全てが無為であったわけではない。


読み終えてから、何度も考えてしまう。原民喜の人生は幸せだったのだろうか。原民喜のことを思い返すたび、言葉にできない何かで胸がいっぱいになる。

2019/01/11

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